ちいさなおはなしを紐解く「境界線」のお話。*

こんばんは。
これはつい先ほどのお空の写真です。
三日月がぼやけてしまいましたが絵にかいたような三日月で、
右側に明るい星が出ています。宵の明星かな。
ほんの少しロゴのことを思い出しました。

IMG_7833.jpg

今日はちょっと取り留めもないことを話そうかなと思います。
境界線の話です。

おしりちゃんのオーナーさまや、ちいさなおはなしを
お読みくださったことのある方はわかるかと思うのですが、
私の書くお話の中には繰り返し出てくるテーマがあったりします。
話の中で出てくるモチーフが象徴するものだったり、
そのお話自体が寓話として独立したテーマだったり、
月や太陽などの存在に何か意味を託したりしているのですが、
繰り返し出てくるので一番多いのは「境界線」です。

上の空の写真のころ、逢魔が時といったり
マジックアワーといったり黄昏時といったりしますが、
あの世とこの世のはざまとされ、人ならざる者や
何か奇妙なものと出くわすといわれた不思議な時間です。
生者とそうでない者との世界を分ける境界線の揺らぎです。

IMG_7835.jpg 
「おおきいものとちいさいものにも、ちつじょはあるかしら?」


境界線が存在することで生まれるのは秩序です。
あっちの世界とこっちの世界、あなたと私、
海と陸、空と地…世界を分けてなおそれぞれに性質と
ある意味でのルールや理をもたらすものです。

それらがあることで、それぞれの世界で生きる者らが
それぞれの領域で生き生きと生活することができ、
各々の生活やルールや尊厳を侵すことを避けています。

それというのは私たち個人にも言えることで、
親密になればなるほどその個人とを分ける境界線が、
揺らいでよし、揺らいでこそといった考えがあるようです。
(多少大目に見る、あなただから…といったような)

一方で、その個人であることの尊厳…
つまりあなた個人だからこそ主張できる自由や権利は、
(許容範囲外の要求、甘えを突っぱねることなど)
個人と個人を分ける境界線を保たねばだらしなく溶け合って
ついには個人などなくなってしまうのです。
私はその境界線は必要悪と思うのです…。

人を好きになった時、その人と一つになって
溶け合ってしまいたいなと思っても、
物理的にも精神的にも近づけば近づくほど
個人・個体であることを痛感させられて
ひどく悲しい気持ちになるものですが…
それも、仕方なしに必要なことなのかもということです。


おしりちゃんのちいさなおはなしの中でも、
そういった境界線のお話が出てきます。
オーダーでおつくりしたジールくんなんかは
そういったテーマを強く出そうかなと思い、
彼は森の湖から一歩も外に出ていません。
出られるのにもかかわらず、です。

ジール君のおはなしはこちら。

彼はそれぞれが活躍できる場所だったり、
それぞれが持っている聖域だったり、
侵されることのない安全な世界と信じている場所を
思っているからこそそうしないのだと思います。
達観して…あきらめてしまっているわけでなく、
それはそうあるべきで、はじめからそういうもの、と
根本的にそう理解しています。

自分を自分たらしめているのは、
個人と個人とを分けている境界線です。
鏡の向こうとこちらとをわけている冷たい鏡面は
秩序がそこに存在していることを告げています。
合わせあった頬と手のひらが温かいのに
あなたと私がどうやっても溶け合えないのも、です。



スポンサーサイト