<長く続けていると、いろんなことがありますよ>っていう重たい枕詞の話。

今日は最近思うことについて少し。
<長く続けていると、いろんなことがありますよ>って
辛いことや悲しいこと、嬉しいことや幸せなこと
何かに触れて気持ちを吐露するときの枕詞として、
そういったフレーズを見たり聞いたりすることがあります。

それはこれまでを思い返した時に、
改めて強調したり、仕方がないとあきらめてるけど…
みたいな前置きに使われていて、
これまでの経験や軌跡がざっくりとだけれど
結構なウェイトを占めたものが含まれていると感じます。
<これまで>がなければ絶対に使われない言葉で、
時々その言葉が羨ましいなって感じるようになりました。

まだ始めたばかりで、まだまだ知らないことばかりの
見習いみたいな私からしたら、すごく重い枕詞で、
軌道に乗れてきた実績があるからこそだということを
ひしひしと感じるのです。

***

残念ながら、まだ洗練されているとは言えず、
完成度を褒められこそすれ、まだまだな技術力のせいか、
恐縮して小さくなってしまう性分のせいか…
はたまた、私が知らずのうちに思いあがっていたのか…
最近お前は<何者でもない存在>だ
突きつけられるようなことがあるな、と感じています。

活動名を掲げる以上は、それらしく在れるように、と
ここまでやってきましたが、空回りしています。
努力がまだまだ足りなかったようです。

作家として活動している人に、
そういう話の場だと双方が認識していないのに
作り方をしつこく食い下がって聞くのは
タブーだと考えていますが、お構いなしの人もいます。
私は粘土で作品を作っている造形作家、
人形作家(の見習い)と僭越ながらそう思っていますが
何か別のものに見える人もいるようです。

その方たちからしたら、
私はただのモノづくりが好きな
オバオネーちゃんに見えるみたいですね。

星嶋を何者と思うかも自由で、
よかったらそう認めてもらえたらいいな…
とは思うけど、そうじゃなくても
仕方がないのです。

屋号やロゴ、作品やらなにやら
これまで決めてきたすべてのこと、
何の気なしに決めてきたことなんてなくて
ちゃんと理由もあるけど、
でもそんなこと、関係ないのかもしれません。

ただ、どうか侵しませんから
お願いだから侵さないでくださいと思うのです。

いろんな人に背中押してもらって、
頑張ってって言ってもらって、
頑張ってきました。頑張ってこれました。
そしてこれからも頑張っていきます。

でも今はちょっと…。
自分が何者なのか、分からなくなりそうです。


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