不幸せやままならなさに健全な権利をください。

先日入稿した名刺のデータが問題なく印刷工程に入ったようです。
何かしら修正依頼が来ることが多かったのですが、
今回はトントンと進んだ感じです。到着は26日予定。
楽しみだなあというより問題なく進んでよかったなあ~
みたいな気持ちのほうが強い今…
少しずつ焦りが出てきている証拠のようです(;´∀`)


何も進展した様子をお見せできず恐縮ですが、
新しくかぼちゃ頭の子を二人増やすこととなり、制作を進めています。
オオモノの部類に入る子たちを続けて作ることは
あんまりなかったので緊張してます。

原案はもっとボロな感じでもう少しホラー寄りでしたが、
作るうちに上品なお嬢さん感が出てきてしまったので
怖めの子も混ぜてみるつもりでいます。


***


最近気付いてしまったのですが、
もしかしたら根本的に、
私はあまり人を信用できないのかもしれません。
現在も嘘の多い人間関係を築いています。
私は嘘つきで、かっこつけな人間なのです。

恵まれていない現状や何かを告白された時、
改善するよう提案することもあることと思うのですが
私はあんまりしません。
困っていてどうにかしたいというなら、
どうしたいか聞いたうえで提案しますが、
そうでないのならその状態でいいのです。

厳密にいうなら、
その状態いいというより、その状態でもいいのです。

心のふとした吐露に対して、
求めていないのに改善を強いられるのを
見るのもされるのも辛く、
紆余曲折あってその状態である経緯を無視して、
向上することや改善することを提示するのは
意味のあることか?と考えてしまいます。

不幸せな考えや不幸せな状態の人を認めないのは、
幸せでない人には価値がないということなのですか?
人の不幸せやままならなさを許さない空気が本当に嫌です。

健全に不幸せやままならなさに権利をください。
不幸せを責めず、それでもいいといってください。
事実をただ憐れむ心や言葉がその人は必要で
はげましや取り繕う言葉は、あまり本人にとって
慰みにならないこともあるからです。


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